焼き鳥
「このぼんじり、食っていい?」
「あー全然いいよ!」
この会話の中には幾ばくかの複雑な感情が介在している。
勿論それは対象が塩キャベツでも餃子でもだ。
人は他人に気を遣う生物だ。この焼き鳥問題においてそれが顕著に表れる。
ライオンは子供以外に肉を与えない。それが動物界のスジだし、本来人間だって自分の好物は他人にあげたくない。でも人は優しいから好物を他人とシェアしたがる種もいる。
俺はネギを食べたかったのにエイタが取った。でもエイタはネギを一塊しか食べずに二塊をバックトゥーザお皿。エイタはきっと俺に気を遣ってネギを全部食べなかったんだろうが、俺は他人の手に一度渡ったネギなら、俺の手中に収まる権利なんてないと思っていた。そんな急に俺の元に泣き寝られても困ってしまう。
相手にそんな気を遣わせるなら焼き鳥盛り合わせなんて作らないでくれ、店長さんよ。
だから俺は盛り合わせがテーブルにきた途端、好きじゃない串を一本占領する。相手が好きそうな串には手を触れない。
この気遣いは、誰も気づかない。相手からしたら「こいつ、ししとう好きなんだあ」としか思われないし、気遣いとは覚られない。そいつが死ぬ間際になっても俺の気遣いは串入れの底に眠ったまま。
気が利くとか、優しいとか、酒が強いとか。そんなのは自分で決めるもんじゃない。
どんなに頑張って仕事をしても、評価をするのは他人だし、判断材料は結果だ。
「俺、酒強いんすよ」
いやまて。それは自称:酒豪だ。人に言われて初めてかっこよかったり、酒が強かったり、オシャレだったりする。
二杯目のハイボールを半分飲んだ季節にエイタが言った。「面接って、自分でPRするけど、友達連れてきて自分を紹介してもらった方が早くね?」
確かに。名案だ。
この世で自分で言い切れる事は案外少ない。好きと嫌い、これくらいかもしれないと彼ははにかんだ歯にアルコールを浸み込ませた。